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励起・蛍光マトリックス(EEM)
                             

 非破壊分析法は、対象物に前処理を施さないそのままの状態で分析を行なうもので、 迅速性を最大の特長としている。
したがって、大量の製品を対象にした品質モニタリングが要求される食品や医薬品製造の 現場や、対象の破壊が許されない医療現場など、幅広い分野で用いられている。 中でも、分光法に代表される光学的手法は、その簡便性から数ある非破壊分析法の中でも もっとも多く用いられている手法の一つと言える。
 光学的手法の一つに、蛍光測定が挙げられる。従来の蛍光測定は、単一の励起波長帯および 蛍光波長帯で計測を行ない、特定物質の有無を調査することがほとんどであり、多くても 2,3の励起波長帯・蛍光波長帯・の組合わせで数種類の物質を調査する程度であった。 こうした単純な蛍光測定は簡単である反面、分光スペクトル計測などと比較して、取得可能な 分子の光学的特性に関する情報は少ない。そこで、励起波長・蛍光波長の双方を連続に走査しつつ 蛍光強度を測定して得られる「励起・蛍光マトリックス(Excitation-Emission Matrix:EEM)] を利用した計測が試みられてきた。

 試料をある特定波長の光で励起し、試料から発せられる蛍光の強度を、観察する波長を変えながら 計測すると、図1に示すような蛍光波長と蛍光強度より蛍光スペクトルが得られる。 さらに、励起波長を連続的に変化させながら蛍光スペクトル計測し、得られた蛍光スペクトルを 励起波長ごとに並べると、図2に示すような等高線状のグラフが得られる。

これがEEMであり、吸光と発光という二つの過程を反映したデータであるので、吸光過程のみを観察する 分光スペクトルに比べて、より詳細な情報が得られると考えられる。
 国内におけるEEM研究例として、下山ら1)の報告が挙げられる。 下山らは、分光蛍光高度計に光ファイバーを取り付け、平面上の試料のEEMを非破壊・非接触で計測できる 装置を開発した。この装置により、古代の染色遺物や浮世絵版画などの試料を、様々な染料で彩色した標準試料のEEMが計測された。 各標準試料のEEMを解析することにより、それぞれの染料に特徴的な蛍光極大と、それに対応する励起極大波長および蛍光極大波長が 明らかとなった。さらに、試料と標準試料のEEMにおける励起極大波長および蛍光極大波長を比較することにより、それぞれの試料に 使用された染料を同定する手法が確立された。この手法により、日本古来の浮世絵に使用された染料を同定された。また、この手法は、 貴重な古代遺物を非破壊・非接触で計測できる上、肉眼や分光反射スペクトルでは同定が困難な同系色の染料も確実に同定可能な点が 評価されている。
   1)下山 進、野田裕子、勝原伸也:光ファイバーを用いる三次元蛍光スペクトルによる日本古来の 浮世絵版画に使用された着色料の非破壊同定、分析化学

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