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 マリンコラーゲン 
 
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 コラーゲン(collagen)という名称は「にかわ」(ギリシャ語のkolla)の素(gen)が由来で,骨などの堅い組織を煮出 すと得られる物質として古くから認識されていたようだ.太い繊維を形成するタンパク質の本体は,分子量が約10万 (アミノ酸数にしておよそ1 000 個)のサブユニット3 本が,図に示すように互いに絡まってできた「こより」のような, しなやかで丈夫な構造物(三重らせん構造,長さ約300 nm,太さ約1.5 nm)である.この細長い構造物の両端が別の構 造物とつながって長い繊維をつくるほか,束を作ってさらに太い繊維になる.コラーゲンは皮膚,血管など様々な組織 に分布し,組織に柔軟性と適度な堅さを与えている.このコンパクトならせん構造の形成には,アミノ酸全体のおよそ 1/3 を占めるグリシンが重要な役割を果たしている.
 体内のコラーゲンの存在量は哺乳類で総タンパク質の3 割以上と,タンパク質の中でもっとも多い.あまたあるタン パク質の中では特に頑丈にできているため,体内での代謝期間はヒトで10 年以上ときわめて長い.このコラーゲン,皮 膚の弾力とも深い関係がある.赤ん坊のコラーゲンは出来立てで無垢なため皮膚は非常に瑞々しくて柔らかいが,年を 重ねてその量が増えるとともに,分子内に架橋が形成されるため次第に硬化していく.シワが増えてくるのも,皮膚を 指先で押し込んで離した後,なかなか元に戻らないのも,すべてはコラーゲンの劣化(架橋形成)に原因がある.コラー ゲンの含量は食肉の固さにも反映する.魚肉が刺身で食べられるのはコラーゲンの含量が低いためである.面白いこと に,コラーゲンを加熱するとおなじみのゼラチンに変化し,低温では水を含んだゲルを形成する.アワビ,サザエばか りでなく牛テールなど,コラーゲンが多いゆえに堅い食材を十分に加熱すると柔らかくなるのも,このゼラチン化のた めである.ちなみに,ゼラチンは医療用カプセルのほか,シンクロナイズドスイミイングの選手が髪を固めるのにも使 われている.
 ところで,表題のマリン(海の)コラーゲンは,一言でいえば海洋生物から取られたコラーゲンで,海洋性コラーゲ ン,フィッシュコラーゲンなどとも呼ばれる.音の響きの良さも流行に一役買っているのだろう.海洋生物といっても, クラゲなど刺胞動物,貝類等の軟体動物など脊椎を持たない動物,魚類等の脊椎動物など様々である.なぜマリンコ ラーゲンが注目されているかといえば,哺乳類のものに比べると,ずっと低い温度でゼラチン化するという特性を持つ ためである.その証拠に,魚から作った「煮こごり」(骨や皮を煮出して固めた調理品)は室温では融けてしまう.これ は,海洋生物が海水という低温環境下で体成分の柔軟性を保つために分子レベルで適応した結果である.低温で暮らす 魚類などの変温動物のタンパク質は,哺乳類などの恒温動物の同等成分に比べると概ね不安定にできているが,これは 低温で生き延びるための戦略の一つである.ほとんどのタンパク質ではアミノ酸を置換することで生息環境での安定性 が最適化されているが,コラーゲンの場合,プロリンというアミノ酸残基を酵素的に水酸化すること(ヒドロキシプロ リンの生成)でも柔軟性を担保している.ヒドロキシプロリンに対応するコドンはなく,タンパク質の翻訳後にプロリ ンが修飾される酵素的反応(翻訳後修飾)である.したがって,コラーゲンを食べてもそのまま体内でコラーゲンに生 まれ変わることはありえない.
 マリンコラーゲンがもてはやされるのには別の理由もある.ひところ狂牛病といわれた牛海綿状脳症(BSE)の発生お よび感染拡大により,牛骨から抽出されていたゼラチンの安全性に懸念が生じた.すなわち,病原体プリオンがゼラチン 製品に含まれ,摂食した人に感染する可能性が生じたのである.そこで原料を一部,魚骨,皮,うろこなどに切り替える ことが行われた.これは見方を変えれば,身(筋肉)以外の捨てられてしまう部分(不可食部)の有効利用にもつながる. また,高齢化社会に突入した現代では,飲みこみやすい「嚥下性食品」の開発にも大きな役割を果たすことだろう.さ らに,豚骨はゼラチンの原料として今でも使用されているが,イスラム社会には受け入れられないため,マリンコラーゲ ンで代用しようとする趨勢にある.こちらは昨今話題に上る食品のハラル認証も絡んで,将来的に有望である.
 コラーゲンそのものは水に不溶であるが,タンパク質分解酵素を作用させると繊維のつなぎ目(前述)が消化されて溶 け出てくる.魚のコラーゲンは薄い酸にも溶出する.工業的には,原料を酸やアルカリで処理して不純物を除去すると ともに,コラーゲンを溶出しやすくした上で熱水抽出し,ろ過,乾燥,粉末化などの過程を経て得られる.魚から抽出 されたコラーゲンの品質,性状は原料魚種によっておのずと異なる.
 コラーゲンの消化物であるコラーゲンペプチドの歴史は1970 年代までさかのぼる.コラーゲンペプチドは分子量の範 囲が数百から数千で,冷水にも溶けるほど水溶性が強く,摂取したときに吸収されやすいという利点がある.消化・吸 収の過程でほとんどがアミノ酸にまで分解されてしまうが,ジペプチドの一部は血液を介して細胞にまで達し,効果を 発揮するとされている.肌の改善効果,関節痛の軽減作用などがいわれているが,常識的にはタンパク質はアミノ酸に まで分解されて吸収されるため,懐疑的な見方をとる人も少なくない.ただし,最近の説では,体内にコラーゲンペプ チドが存在すると,体がコラーゲンの分解が進んだと勘違いして,コラーゲン合成を活発化させるという.それではゼ ラチンそのものを摂取しても同様の効果があるのではないのか.コラーゲンペプチドの健康機能性については,さらな る慎重な検証を望みたい.


文献
木村茂:「海洋性コラーゲンを探る」,五曜書房,(2014).
和田正汎,長谷川忠男編著:「コラーゲンとゼラチンの科学」,建帛社,(2011).
日本ゼラチン・コラーゲンペプチド工業組合:「コラーゲンからコラーゲンペプチドへ」,(2014).


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